アベノミクスとは、2012年末の衆議院総選挙における政権交代の決め手となった経済政策であり、第二次安部内閣が推し進める政策の中核をなしている。アベノミクスに対する評価は、経済状況や海外情勢の動向に左右され、経済学者・ジャーナリストごとに論調がバラバラである。現在進行形の時事問題全てに共通することではあるが、アベノミクスに対する一般的な評価を出すことは難しい。ここでは、アベノミクス自体を簡単に解説し、アベノミクスに対するいくつかの評論を紹介する。
まず、アベノミクスとは「三本の矢」と呼ばれる3つの基本方針を持つ政策である(1)。第一の矢は「大胆な金融政策」、インフレ、円安、量的緩和などにより、日本市場に流通するお金の量を増やす。第二の矢は「機動的な財政政策」、大規模公共投資、日本銀行による買いオペなどにより、政府が率先して需要を創出する。第三の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」、マイナス金利、雇用、規制緩和などにより、民間企業や個人の競争力を向上させる。少し強引に喩えるなら、家庭(日本)の総資産が増えて消費意欲が上がり、親(政府)が立派な家を建て、子供(民間)の成長のために教育投資する、ともいえる。
アベノミクスに対する賛否両論はあるが、まず日本国内における批判を紹介する。日本を代表する経済学者の大前研一氏は、政権交代当初からアベノミクスを強く批判してきた(2)。大前氏は、金融・財政政策はバブル崩壊以降の「失われた20年」の頃の政策と同一であり、成果が望めないとする。第三の矢の成長戦略も、既に欧米が取り組んで失敗した政策だという。むしろ、1500兆円ある個人金融資産、特に8割を占める50代以上の投資を刺激する政策が必要だと主張している。
さらに2014年夏、株価暴落や経済赤字を記録したことに対し、ジャーナリストの山田順氏がアベノミクスの問題点を指摘している。(3)政府は円安による貿易黒字を期待したが、日本企業の多くは海外に生産拠点が多いために効果的が低く、むしろ企業の国際競争力の低下が赤字を生み出しているという。日本経済の復活には海外からの投資を呼び込む必要があり、移民政策やTPPのような規制緩和が効果的だと論じている。
海外から、特に中国・韓国からアベノミクスに対する批判が相次いでいる(4)。アベノミクスの円安政策により日本は貿易黒字になった場合、同時に周辺国が貿易赤字となることを避けられないからだ。実際、アベノミクス以降、中国韓国の経済は落ち込んでいる(5)。日本経済だけを考えるならば、これら海外の報道はアベノミクスの効果を裏付けているといえる。しかし、中国・韓国の経済悪化がアジア全体に及べば、日本経済の下降も避けられない。さらに、日本が経済政策で一時的な景気向上を目指すよりも、韓国のように不景気でも企業の国際競争力を強化するほうが効果的だ、と指摘する報道もある(6)。
一方、欧米諸国(ドイツを除く)からは、アベノミクスはおおむね高評価を得ている。特に、ノーベル賞経済学者ポール・クルーグマン教授(プリンストン大学)はアベノミクスを積極的に評価している(7)。深刻な経済問題を抱える先進諸国で唯一、日本だけが積極的な経済政策を打ち出し、日本経済を引き上げているという。短期的な経済の動向に左右されるのではなく、アベノミクスを長期的に継続することこそが、日本が「失われた20年」から脱却する鍵になるというのだ。さらに、このアベノミクスこそが、今後、先進諸国の経済政策のロールモデルになる、と断言する。同様に、IMFはアベノミクスのリスクを警告しつつも評価しており(8)、日本の景気回復がアジア全体のリスク回避に必要不可欠だとしている。
以上見てきたように、アベノミクスに対する論争は、根拠・観点・背景の異なる賛否両論が入り乱れている。ここでは誰が正しいとは明言できないが、それぞれの主張に対する判断方法の1つを結論に変えたい。
その方法とは、主張の論理性だけにとらわれるのではなく、その主張の背景も考慮することだ。国ごとに賛否が分かれていることからもわかるように、各国は自国の利益に繋がることを目的として、論理を展開する。同様に、日本の報道の賛否両論も、論理的な分析が相反しているだけではなく、両者の利益が相反しているから意見が割れているのだ。自分の所属するコミュニティ(報道機関、企業体、政府)の利益を拡大することが、第一優先される場合が多い。それは、一見して利益とは関係のない学術系の学者においても同様だ。時事問題を自分独自の学説・イデオロギーの証明に利用し、社会や学術会への影響力を強めることが目的となっている場合もあるのだ。そのような背景まで考慮することで、判断の難しい現在進行形の時事問題を、深く掘り下げて理解・分析することができるようになる。
今回紹介した記事の中にも、そのように主張の背景まで踏み込んだものがいくつかあり、強い説得力を持っている。小論文においても、表面的な意見の対立にこだわるのではなく、主張の背景まで踏み込むことが、説得力を生み出すといえる。
(1)アベノミクスの解説
(2)日本を代表する経済学者、大前研一氏による批判
「アベノミクスよりすごい景気対策がある」PRESIDENT Online
(3)ジャーナリストの山田順による批判
「株価暴落と史上初の経常赤字でわかったアベノミクスの失敗。早急に政策転換を!」山田順プライベートサイト
(4)中国・韓国によるアベノミクス批判
「『周りの国に迷惑だ』『大きな損失被った』アベノミクスに手厳しい中国」SankeiBiz
「中国、アベノミクスに警戒感 李次期首相の恩師も批判」日本経済新聞
「韓国:『アベノミクス』批判報道の背景と含意」nippon.com
(5)アベノミクスによる、中国・韓国の経済悪化
「【断末魔の韓国経済】アベノミクスと中国の失速で窮地の韓国”経済民主化”も頓挫」夕刊フジ
「中国経済がアベノミクスで失速 製造業不振にインフレ懸念も」NEWSポストセブン
(6)ウォールストリートジャーナルによる、韓国の論調を肯定する記事
「『日本は韓国に学べ』とアメリカ紙 安部首相の経済政策に苦言」The Huffington Post
(7)経済学者ポール・クルーグマン教授によるアベノミクスの評価
「ノーベル経済学賞受賞ポール・クルーグマン 日本経済は、そのときどうなるか」現代ビジネス
「ポール・クルーグマン - アベノミクスが日本経済を復活させる!」PHP Biz Online 衆知 下記書籍からの引用
(8)IMFアジア太平洋局長によるアベノミクスの評価
「『アベノミクス』を評価、構造改革に期待=IMFアジア太平洋局長」ロイター
「安部首相、オバマ大統領会談後、IMFが最新経済見通しを発表」International Business Times
photo by Wiiii
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