グローバル化に反発する、イスラム国とBRICS
(小論文時事問題)


earth-238368_1280

本ブログでは「グローバル化(またはグローバリゼーション)」という単語を幾度となく使ってきた。今回は世界のグローバル化そのものに焦点をあてて解説する。さらに、グローバル化の観点から、イスラム国やBRICSに関する分析をしてみたい。ただし、この文章はグローバル化の現状分析であり、是非を問うものでは無いことに留意して読み進めていただきたい。

グローバル化の功罪

グローバル化を一言で表現するならば「世界中の国、企業、人間の緊密な統合」である。近年の技術革新によって、輸送と通信の大幅なスピード向上・コスト低下がもたらされた。さらに国際政治の努力の結果、あらゆるもの(人、モノ、サービス、資本、知識など)が簡単に国境を越えられるようになった。この2つの要因により、望むと望まざるにかかわらず、世界は急速に一体化、つまりグローバル化されたのだ。しかし、このグローバル化は大きな利益をもたらすと同時に、解決困難な問題も引き起こすこととなった。

グローバル化のもたらした大きな利益とは、世界規模の文明発展と、個人の自由および可能性の拡大だと言える。グローバル化によって、科学技術や文化など、あらゆる分野が飛躍的に発展している。同時に、国際分業により世界経済が合理的・効率化し、多くの途上国の近代化がなされている。さらに、世界中のあらゆる個人の人権が見直され、教育を受けた自由な市民として生きる可能性が拡大されている。一国が抱える深刻な問題は国際協力の中で解決が模索されるようになった。たとえば、アフリカで大流行を引き起こしているエボラ出血熱に対しても、全世界的な支援体制が敷かれている。

しかし、グローバル化が語られる際に強調されるのは、ほとんどが負の側面である。現在起きているほとんどの国際問題は、グローバル化が原因だと言っても過言ではない。本来無くなるはずであった格差は急速に拡大し、世界規模で一握りの人間に富が集中しつつある。途上国の貧困や混乱は加速し、先進国も出口の見えない不況にあえいでいる。世界規模の環境問題は次々に発生し、誰も統制できないままにずるずると悪化している。

 グローバル化を主導する欧米社会

グローバル化はあくまでも現代社会に起きている現象であり、そのものが悪という訳ではない。しかし、現在のグローバル化が進んでいる方向に問題があると、多くの経済学者達が指摘している。代表的な例として、ノーベル賞経済学者のジョセフ・E・スティグリッツは、IMF(国際通貨基金)などが推進するグローバル化が途上国に壊滅的損害を与えており、逆にグローバル化を拒絶した東アジアが奇跡的発展を遂げたと主張している。

一般に、IMFが主導するグローバル化の三本柱は、「市場の自由化、民営化、緊縮財政」だと定義されている。つまり、金融や資本などを自由競争に基づく健全な市場に移行し、非効率的な国営企業は民営化して経営改善を図り、インフレを適度に抑える金融政策を実施するのだ。余談だが、日本のここ数十年の政治改革も、おおむねこの流れに沿っている。

しかし、先進国にとっては常識であるグローバル化の三本柱は、途上国ではほとんど機能しないばかりか、国家運営能力すら失うほどのダメージを与えている。まず、市場の自由化は、途上国の経済と産業に深刻なダメージを与える。途上国の未成熟な金融システムは金融自由化に対応できず、欧米の強固な金融に依存せざるを得なくなってしまう。さらに、資本自由化により有望な国内産業は買い漁られ、貿易自由化により弱い国内産業は倒産してしまう。続いて民営化が行政サービスやインフラの不安定を引き起こし、汚職と利権構造を生み出してしまう。最後に、IMFが一律的に主導する緊縮財政はほとんどの場合上手くいかず、途上国の経済成長を阻害する結果となっている。

このような現状は、「民主的な世界政府の無い世界統合」だと批判されている。現在のグローバル経済を主導している機関としては、IMF、世界銀行、WTO(世界貿易機関)、そして欧米の中央銀行であるFRB(連邦準備制度)やECB(欧州中央銀行)などが挙げられる。つまり、欧米の金融・通商・政府関係者に権力が集中し、彼らのイデオロギーに基づいてグローバル化が主導されていると言えるのだ。

 欧米主導のグローバル化に反発する、イスラム国とBRICS

このような欧米主導のグローバル化に反発する動きは世界中で発生しており、その最たる例がイスラム国(ISIS:イラク・シリア・イスラム国)である。欧米のイデオロギーがキリスト教を背景とする新自由主義であるとすれば、イスラム国のそれはイスラム教を中心とする祭政一致(宗教指導者が政治指導者を兼ねる政治体制)である。この二つのイデオロギーは水と油のような存在だ。さらに、キリスト教とイスラム教は長きに渡る歴史的対立があり、その溝は現在でも埋まってはいない。イスラム国は、グローバル化による国家の欧米化を断固拒否する、過激なイスラム原理主義によって支えられているのだ。そのため、イスラム国はテロ組織や宗教組織の枠を越え、反グローバル化の旗手と見なされることもある。

そのイデオロギー対立を象徴するような例として、2014年にノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイ女史の、銃撃事件が挙げられる。2012年、マララ女史は女性が教育を受ける権利を主張したために、パキスタン・タリバンと思われる武装集団に銃撃された。マララ女史が「欧米の文化を推進」し、イスラム教のイデオロギーを破壊する、と彼らに見なされたからだ。このようなイデオロギー対立は、往々にして双方の暴力的破壊行為に発展し易い。

ただし、誤解の無いように付け加えれば、多くのイスラム国家はグローバル化に柔軟に対応している。例えば、イスラム教の戒律では銀行が利子を取ることを禁じているが、独自のイスラム金融を作り、欧米と変わらない経済システムを実現している。イスラム国はそのような柔軟な対応を拒否し、戒律に忠実なイスラム原理主義が中心になり、グローバル化を暴力的に排除しているのだ。

イスラム国のように暴力的ではないものの、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国)でも欧米主導のグローバル化に反発する動きが活発化している。2014年7月15日、BRICSの5ヶ国は新開発銀行の設立に合意した。これは、欧米・IMFを中心とした国際金融から、BRICSが離脱したことを意味している。ただし、BRICSは一枚岩ではなく、不安要素を多く抱えている。経済的協力関係にあるだけで、冷戦時の東側諸国ようなイデオロギーの一致があるわけではないからだ。もちろん、GDP世界2位の中国、かつての東側宗主国ロシアを擁するBRICSの経済力は、決して無視できるものではない。新開発銀行の登場は、途上国が融資を受ける選択肢が増えただけなのか、世界経済が新局面に突入するのか、現状では判断が難しいところだ。

 グローバル化と日本

今まで解説してきた世界のグローバル化において、日本についてほとんど触れなかったが、日本もグローバル化と無関係ではない。むしろ、グローバル化を推し進めた欧米の一角として、批判される側にある。同時に、日本が保護貿易で守ってきた一次産業も、アメリカ主導のグローバル化、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)によって危機にさらされている。さらに、欧米、中東(イスラム国を含む)、東アジア(ロシア、中国)における、経済と外交の緊張度もかつてないほど高まっている。変革期にある現在の国際社会において、日本がとる今後数年間の行動が、今後数十年間の日本の行く末を決定することは、間違いないだろう。

 

<参考文献>

イスラムとグローバリズム

イスラム国情勢

BRICS新開発銀行

グローバル化からの後退