2014年現在、第二次安倍改造内閣はアベノミクス成功への鍵として、地域再生に大きな重点を置いている。政局に多大な影響力を持つ石破茂氏を地方創生大臣に任命したことからも、その期待が伺える。12月18日に投開票が行われる衆院選後も安倍政権が維持されれば、この地域再生の方針も引き続き堅持されるものと予測されている。一方、野党においては、公務員人件費削減を公約にうたう場合が多く見られる。実際には、地域再生と公務員人件費削減はトレードオフの関係にある。ここでは、地域再生と地方公務員人件費削減の関係について詳しく解説したい。ただし、国家公務員の人件費削減に関しては議論が複雑になるため詳しくは触れず、基本的には地方公務員に関してのみ解説する。
地方公務員の人件費とは
地方公務員の給与額は、民間企業の給与の調査結果を元に決定されている。まず、行政機関の1つである人事院が民間企業の平均給与を調査し、それを元に国家公務員の給与改定方針を勧告する。同時に、各地方自治体の人事委員会も人事院と合同調査を各地域で行い、地方公務員の給与改定方針を勧告する。続いて、内閣が人事院勧告に従うかどうかを検討し、給与改定方針を閣議決定する。最後に、この給与改定方針が給与条例改正案(給与法改正法案)として地方議会(国会)に提出され、議決により地方公務員(国家公務員)の給与が決定する。
しかし、本来ならばほぼ同額のはずの、地方公務員と民間企業の給与には大きな格差が生じていると言われている。一説には、公務員の平均給与が700万円程度であるのに対し、国民平均給与は400万円程度であると言われている。そのため、新聞各社は「公務員は不当に高い給与を貰っている」と競って報道している。
ただしこの給与格差は、人事院と新聞各社の考え方の違いであるとも言える。なぜなら、人事院は全ての民間企業を無作為に調査しているわけではないからだ。人事院では、自治体や省庁と似た環境にある民間企業の社員を選んで調査している。そのような民間企業の条件とは、企業規模50人以上のあらゆる業種で、正規雇用者(雇用期間が限定されていない者)を、役職・学歴・年齢まで考慮して調査している。これに対し、いわゆる国民平均給与は国税庁の調査によるものであり、あらゆる規模・業種の企業で、全ての雇用者(パート、アルバイトを含む)を、年齢だけ考慮して調査している。そのため、平成23年における調査では、人事院が民間と同水準として勧告した平均給与は637万円であるのに対し、国税庁調査による国民平均給与は409万円であった。つまり、人事院と新聞各社では考え方が異なるため、比較対象そのものが異なってしまうのだ。
人事院における公務員の扱いは、いわゆる大企業の正規雇用者と同水準の給与と保障が必要だと考えられている。なぜなら、公務員の仕事は中立性、安定性が確保される必要があるからだ。公務員が中立性を欠けば、守秘義務を怠り、特定の政治団体を支援し、私企業や個人から賄賂を受け取って便宜を図る危険性がある。公務員が安定性を欠けば、公共サービスの質は低下し、市民は不安定な環境で暮らすことを余儀なくされる。さらに、給与水準の低い公務員は良質な人材を確保することが出来なくなるだろう。公務員は国家や自治体に従う義務があるため、労働基本権が制限され、給与や待遇改善を目的とした労使交渉ができない。そこで、労働組合の替わりに人事院が存在し、国家や自治体に対して労使交渉(人事院勧告)をするのだ。
公務員給与額が適性でない場合、様々なデメリットが生じる。公務員給与が不当に低ければ、発展途上国のように公務員の汚職、公共サービスの低下・不安定化が起きかねない。逆に公務員給与が不当に高ければ、欧州のいくつかの先進国のように、国家や自治体の経営破たんが起きかねない。日本の公務員給与はやや高額に感じられるものの、私としては妥当な範囲だと考えている。
地域再生と地方公務員給与の関係性
では、安倍政権の推進する地域再生と、地方公務員給与はどのような関係性があるのだろうか。ここでは、過去に日本で最悪の財政事情を抱えていた、海士町と夕張市の例を挙げながら、地域再生の解説をする。
島根県隠岐郡の海士町(あまちょう)は、地域再生の成功例として日本全国から注目されている。海士町のある隠岐諸島・中ノ島は人口約2400人、高齢化率39%の典型的な過疎地域であり、2000年ごろまでは経営破たんの直前であった。しかし、2002年に山内道雄町長が就任して以来、驚異的なV字回復を達成した。山内町長が率先して50%の給与カットを行い、管理職もそれに倣って30~15%の給与カットをし、大公務員給与を大幅に削減した。同時に、海士町ならではの自然と地域資源を生かし、海藻、みかん、天然塩のブランド化や観光事業を成功させた。特に、隠岐牛は最高ランクのA5を獲得し、高級ブランドとしての地位を確立した。同時にIターン・Uターン者の雇用を拡大し、8年間で20~40代が361名も引っ越してきたという。
この逆の例が、2007年に財政破たんした、北海道空知地方の夕張市である。財政再建団体に指定された夕張市では、公務員給与は今後18年間は年収平均40%カットとなり、260人いた市職員は105人まで削減された。特に管理職が10分の1に減り、業務効率に深刻な支障をきたしている。特に財政破たん当初は極端な経費削減が実施され、午後5時以降は暖房を切り、マイナス5度の室内でスキーウェアを着ながら深夜まで業務続けたといわれている。この限界ぎりぎりの経費削減努力により、夕張市の経営は徐々に回復しているが、行政サービスの低下と市民生活不安は深刻だ。1970年には7万人いた人口も、現在では1万人を割り込み、夕張市の先行きは消して明るいとは言えない。
地域再生を期待する全国各地の地方自治体にとっては、海士町の成功を期待するよりも、夕張市の状況を避けることの方が無難な選択肢と言える。海士町は山内町長という傑出したリーダーが、身を切って改革に乗り出して成功した稀有な例である。地域再生という困難な課題を、低い給与で引き受ける優秀な人材を期待することには無理がある。地域再生と地方公務員人件費削減は、トレードオフ(一方を得ようとすれば一方を失う関係性)にあるのだ。もちろん、地方公務員の給与を上げたからといって地域再生が成功するわけではない。しかし、地方公務員の給与を下げれば、地域再生は困難にならざるを得ないのだ。
ここで最も深刻な問題とは、日本はトレードオフの地域再生と公務員人件費削減(給与削減ではない)を同時に達成する必要性に迫られているということだ。2040年には地方自治体の半数、896市町村が経営破たんにより消滅すると予測されている。さらに、地方自治体の消滅により都市部一極集中が今以上に高まり、日本の人口減少が加速する危険性もある。日本の人口は2040年には1億人を割り込むと予想されている。単純計算でいえば、日本のGDPが6分の1以上失われるということだ。つまり、地域再生と公務員人件費削減の同時達成は、避けることの出来ない課題なのだ。
道州制という選択肢
地域再生と公務員人件費削減を同時に達成する有効策の1つとして、道州制があげられる。道州制とは、日本を9~13の道州に分けて強い地方自治権を持たせる、行政区分の抜本的改革制度である。わかりやすくいえば、50州に独立性と地方自治権を持たせたアメリカの連邦制のようなものだ。道州制導入により、その地域の特性を生かした機動性の高い行政改革が可能になり、地域再生の成功率が高まると考えられている。さらに、地方公務員が適切な規模で管理されるため、人件費削減と健全運営が期待できる。
この道州制導入は、実は1960年ごろから盛んに議論されつつも、実現しなかった政策である。第一次安倍内閣でも道州制が本格的に検討されていたが、政権交代などのあおりもあって頓挫している。ここでは、先進諸国の連邦制を例にとりながら、日本の道州制の可能性を考えたい。
アメリカにおける連邦制は、各州の地域財政の健全化に大きく貢献している。アメリカでは、各州政府が立法権を含めた大きな権限を持っており、連邦政府は、州政府と対等または補完的な役割を担っている。さらに、高い管理能力をもつ州政府の財政は、連邦政府から自立しており、財政赤字に陥っている州はほとんどないという。日本の地方自治体の財政が、国からの地方交付税に頼っているため、アメリカとは地域財政の健全性に大きな開きがある。ただし、アメリカ連邦政府と州政府が常に良い関係を保っている訳ではない。政策決定者である連邦政府が財政負担を担わないため、州政府が一方的にその政策に責任を押し付けられるからだ。自由に行き来できる隣の州でも法律が大きく異なるため、国としての一貫性が低くなるデメリットも存在する。また、公務員の労働基本権が法で保護されているため、政府は公務員給与を削減できない。このように、法制度が大きく異なるアメリカの連邦制は、そのまま道州制のモデルケースにすることは困難だ。
日本の道州制を考える際、日本と類似点の多いドイツの連邦制が引き合いに出されることが多い。ドイツの州政府は、アメリカと同程度の財政自立性を持っている。ただし、深刻な財政赤字を抱える州(主に旧東ドイツ地域)も存在し、連邦政府と他の州政府が財政支援をしている。しかし、ドイツ連邦政府は2009年に財政赤字を禁止する憲法を制定し、GDP成長を犠牲にしつつも財政の健全化に成功しつつある。また、各州政府は立法権を持つものの、連邦基本法の原則に合致する必要があるため、国としての一貫性も高い。綿密な法制度設計と、厳格な法制度遵守により成り立つドイツの連邦制に、日本の道州制が学ぶべき点は多くある。ただし、現在のドイツ連邦制を支える経済政策が、アベノミクスの正反対であることには注意が必要だ。
また、日本の道州制を推進する上で、イタリアにおける連邦制も参考にする必要がある。なぜならイタリアは、1990年代から連邦制を復活させた、地方分権の現在進行形の国だからだ。イタリアは連邦制とはいえ州政府の自立性は低く、連邦政府から州政府への権限委譲を進めつつある状況にある。ただし、地方財政の独立が先んじており、財政連邦主義とも言われている。この後押しとなっているのがEUの強い影響力だ。EUの成立により国家の権限が弱まり、州単位の経済規模が最適な機動力を持つようになったからだ。さらに、EUの構造基金(遅れた地域への支援金)が国ではなく州単位で支援され、地方財政が一層独立しやすくなったのだ。同じように、EUのような東アジア共同体構想が実現すれば、日本の道州制導入は加速されるのかもしれない。
2014年12月の衆院選挙における主要な論点は、消費税増税やアベノミクスのような近視眼的なものに終始しやすい。しかし、日本の未来を見据えた各党の政策も注視が必要である。自民党の「地方創生」、民主党の「公務員人件費削減」、維新の党の「道州制導入」は、互いの政治的立場を端的にあらわしている政策の1つなのだ。
<参考文献>
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