問われる住民投票のリスク
― スコットランド、クリミア、アメリカ、日本 ―
(小論文時事問題)


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2014年9月18日、一進一退の攻防を見せていたスコットランド独立を問う住民投票は、55.3%の支持を集めた英国残留という結果に収まった。近年、スコットランド独立やクリミア併合など、重大な政治的判断が住民投票にかけられる機運が高まっている。ここでは、住民投票の抱えるリスクを時事問題と共に解説する。

 直接民主制と間接民主制

住民投票とは直接民主制の一形態である。まず、直接民主制と、対となる概念の間接民主制の違い、その長所と短所を大まかに解説する。直接民主制の起源は古代ギリシャにあり、政治的判断を市民による直接投票で決定する制度である。それに対して間接民主制は、選挙などで代表者を選出し、その代表者に政治的判断を信託する制度である。直接民主制の長所は、民意を直接反映した決定の正当性であり、短所は政治の混乱や一貫性のなさ、衆愚政治になりやすいことなどがあげられる。間接民主制の長所は、専門性・一貫性の高い政治であり、短所は民意の反映と正当性が得られにくいことである。

現在、ほとんどの国家は間接民主制であり、その短所を補うかたちで限定的に直接民主制を併用している。なぜなら、数百万~数億人の国民が直接民主制に携わることが現実的ではないからだ。そのため直接民主制は、国家存亡に関わる重大な政治的判断か、限定的な地方政治に関するものに限定されている。

なお、混乱を避けるために、ここでは直接民主制や間接民主制という政治制度についてのみ解説する。政治体制(民主主義、権威主義)や主権(君主制、共和制)、政治思想(自由主義、保守主義、リバタリアニズム、全体主義など)などとも密接な関連性があるが、ここでは触れない。

住民投票の抱える3つのリスク

ここで、直接民主制としての住民投票には、大きく3つのリスクがあると私は考えている。

1つ目は、住民投票が感情や熱狂に支配され、合理的判断ができなくなるリスクだ。2014年9月のスコットランドにおける住民投票も、その一例になりかけたといえる。そもそも、英国はそれぞれ起源の異なる4民族(イングランド人、スコットランド人、アイルランド人、ウェールズ人)から構成される連合王国であり、民族間の文化や意識は大きく異なっている。スコットランド独立運動の要因は複数あるが、中でも英国中央政府への不満と民族意識の高まりが大きな影響を与えたといわれている。しかし、スコットランド独立派は重要な政策-政府資産確保や使用通貨、EU再加盟など-が不透明なまま、見切り発車で住民投票を迎えていた。それにもかかわらず、住民投票の結果は僅差となった。民族意識や国民感情が高まることによって、合理的判断や科学的妥当性は軽視されやすくなってしまうのだ。

2つ目は、住民投票が軍事・経済的圧力や情報によって操作されるリスクだ。2014年3月のクリミア半島における、ロシア編入の是非を問う住民投票が典型例である。クリミア半島は歴史的にロシア寄りの文化的背景を持つものの、ソ連時代から継続してウクライナの領土であった。しかし、もともとロシア系住民が6割を占めるクリミア半島では、ロシアへの経済依存度が高く、ロシア二重国籍者も多かった。さらに、ロシア海軍が駐留するセバストポリ軍港の影響力も無視できない。住民投票当時は、親ロシア派武装勢力がクリミア半島を実効支配し、テレビではロシア国営放送がプロパガンダを繰り返していた。その結果、住民投票は97%という圧倒的多数がロシア編入を支持することとなった。

上記2つは独裁・軍事政権下、全体主義国家で顕著な住民投票のリスクである。過去、ドイツでのヒットラー独裁政権を許したのも、90%以上の支持を集めた住民投票の結果によるものだった。ヒットラーは上記2つを巧みに使い分けていたと考えられる。これらのリスクは、欧米の近代民主国家と全く無関係という訳ではない。政治の正常化への努力を怠れば、いつの間にかこれらのリスクが忍び寄ってくる可能性は十分にありえる。だが逆に、民意を正当に反映しているはずの、近代民主国家が抱える第三のリスクがある。

その3つ目の住民投票のリスクとは、倫理・道徳観が崩壊する引き金になりかねないことだ。2012年頃より、アメリカの各州で「革新」的な住民投票が次々と可決されるようになった。例えば、メーン州など3州では、同性婚の合法化が住民投票によって可決された。その結果を受け、2013年には同性婚カップルの権利を限定する連邦法が違憲とされ、同性婚を容認する州が倍増した。他にも、2012年にはコロラド州など3州で、嗜好(しこう)用マリファナが住民投票によって合法化されている。依然として連邦法上では犯罪であるものの、コロラド州では2014年から嗜好用マリファナの販売を開始した。これらは、思想・文化の多様化に伴い、民意が倫理・道徳的問題に対して寛容になりすぎた結果だとも考えられる。もちろん、これを倫理・道徳のリスクと捉えるか、民主的「革新」だと捉えるかは意見が分かれるだろう。しかし、伝統的な倫理・道徳観の是非は、個人の自由として多数決で決められるほど単純な問題ではない。以前の記事、死のインセンティブと長寿リスクで「市場原理は容易に倫理観を追い出す」という言葉を紹介したが、民主主義も同様に倫理観を追い出す可能性を持っている。

日本における住民投票のリスク

日本における住民投票は、アメリカと比較すれば限定的であり、政治的影響力が弱い。日本の住民投票はあくまでも住民の意思表示であり、法的拘束力を持っていない。首長や議会は住民投票の結果を「最大限尊重する」という規定しかないからだ。憲法改正の住民(国民)投票ですら長らく法整備されず、2007年の国民投票法成立でやっと現実的なものになったばかりだ。

だからといって日本の住民投票とそのリスクを軽視すべきではない。なぜなら、日本の住民投票は3つのリスクを潜在的に抱えているからだ。日本人は特に1つ目のリスクに陥りやすく、合理的判断や科学的妥当性よりも世間の感情や情緒を優先する傾向が強い。例えば、原発撤廃や米軍基地移設に関する議論や住民投票、ヘイトスピーチ問題などでは、論理性を欠いた感情論に終始する場合も多い。同時に、2つ目のリスクも無視できない。例えば、日本では経済的圧力による組織票(農協、医師会、宗教団体など)が選挙を大きく左右しており、自民党は組織票によって長らく政権与党だったと言われている。逆に、一斉に自民党ネガティブキャンペーンをした大手マスコミの情報に影響され、民主党への政権交代が起きたこともあった。3つ目のリスクも、宗教観念の薄い日本人にとっては、最大の脅威となる潜在性がある。欧米ではキリスト教の文化的背景があるため、伝統的な倫理・道徳観の維持(同性婚廃止など)を求める勢力が一定数あり、影響力も強い。相対的に日本は、倫理・道徳観の崩壊に対する抑止力が弱いと言える。

日本は、住民投票のリスクが顕在化する前に解決する必要がある。近い将来に実施が予想される、憲法改正の国民投票に備えなければならないのだ。さらに、地方分権が進めば住民投票の影響力も増大する。もし大前研一が提案するような道州制が実現すれば、その傾向は一層強くなるだろう。住民投票のリスク解決は、住民の積極的政治参加が鍵であると私は考える。住民一人ひとりが、自由に情報を手に入れて分析し、自分の意見を自由に発信・討論し、自発的な投票行動に結びつける。民主主義の基本が解決策でもあるのだ。高度に発達したインターネットは、このような政治参加を支える力となるであろう。

 

最後に、住民投票そのものが問題なのではなく、そのリスクに向き合わないことが問題なのだということを補足したい。同時に、住民投票のもつリスクは、直接民主制に特徴的に見受けられるが固有ではなく、間接民主制も類似のリスクを抱えていることに注意してほしい。

 

 

 

<参考文献>

スコットランド独立の住民投票1

スコットランド独立の住民投票2

クリミア半島、ロシア編入の是非を問う住民投票

コロラド州、大麻合法化の住民投票

メーン州、同性婚の住民投票

 山口二郎

日本の国民投票

 

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