リベラル・アーツという選択肢
(大学受験情報)


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日本の大学受験において、「リベラル・アーツ(Liberal Arts)」という単語を一度は聞いたことがあっても、その詳細を知らない受験生が多いのではないだろうか。実際、日本ではリベラル・アーツの大学(または学部)が決して多いとは言えず、難関大や一部地方大に散見されるのみで、あまり一般的ではない。ここでは、リベラル・アーツと日本の教育現状などを解説し、受験生が考えるべき課題について触れる。

そもそも、リベラル・アーツとは文系・理系を問わない基礎教養であり、その起源は古代ギリシャにある。普通の四年制大学には似た名称の「一般教養」があるが、実際には専攻外学科の基礎知識を学ぶ程度であり、リベラル・アーツとは程遠い。さらに、リベラル・アーツ教育を意味する「教養学」の名を冠する大学・学部は多いが、実際には国際基督教大学や国際教養大学など一部の大学・学部でしかリベラル・アーツ教育は実現していないと言える。東京大学の教育カリキュラムも広い意味ではリベラル・アーツと言えるが、ここではあえて除外して考えることにし、細かくは言及しない。

ここで、リベラル・アーツ教育を代表例として、アメリカの場合を紹介したい。アメリカのリベラル・アーツ・カレッジの特徴は全寮制少人数教育である。総合大学(Univercity)のように学術研究が目的ではなく、学部学生の教育が目的であるため、リベラル・アーツ・カレッジは大学院を設置していない。リベラル・アーツ・カレッジは(日本人にとっては無名な)小規模大学であるが、アメリカ東部の「リトル・アイビーズ」15校と「セブン・シスターズ」7校は難易度・人気ともに高く、ハーバード大学を蹴って進学する学生も多いと聞く。さらに、リベラル・アーツ・カレッジ卒業生のほとんどは超一流総合大学の大学院に進学し、アメリカの(正確には世界の)学歴社会のトップに君臨する。

このリベラル・アーツ教育を、日本で最も忠実に再現しようとしているのが、秋田県の国際教養大学である。国際教養大学は2004年新設の地方公立大学でありながら、旧帝大に劣らない入試難易度と人気があり、就職実績も日本トップクラスを誇っている。その教育カリキュラムは全寮制少人数教育が基本であり、全ての授業が英語、1年間の海外留学が必須、学生教員比率15対1、教員の半数以上が外国人、在学生の20%が留学生、24時間365日オープンの図書館など、他大学には無い特徴を備えている。ただし、教育水準を保つ為に学生への要求レベルが高く、4年間で卒業できる学生は50%程度(日本の平均は90%超)しかいない。その代わり、卒業時にはTOEICスコア900点超の実践的英語力を身につけ、グローバル企業の即戦力として就職率ほぼ100%だと評されている。

ここで注意すべき点は、国際教養大学のような「日本産リベラル・アーツ」は、海外のリベラル・アーツ・カレッジとは似て非なるものだということだ。日本産リベラル・アーツは大学院への進学を前提としておらず、進学率の高い国際基督教大学ですら20%程度である。さらに、アメリカでは文系・理系問わず大学院に進学するが、日本ではほぼ文系に限られる。大学の二大目的は学術研究と人材教育である。アメリカではリベラル・アーツ・カレッジ(教育)卒業後に大学院(研究)に進学してエリートが生み出されるが、日本産リベラル・アーツでは研究面がなく片手落ちと言える。日本産リベラル・アーツが「就職予備校」と揶揄される由縁かもしれない。

今の日本では、アメリカのような教育ができないことはシステム上仕方がなく、日本産リベラル・アーツを一概に批判することは出来ない。もはや、グローバル化に取り残されつつある社会システムや強固な学閥や大学制度が改善しない限り、日本でのリベラル・アーツ教育は成り立たないだろう。さらに、(日本では大学院卒があまり評価されないが)グローバル社会では大学院卒程度でなければトップ・エリートとして活躍できないのが現実だ。日本の常識にこだわるべきか、グローバル社会の常識に倣うべきか…これは受験生が目をそらさずに考えるべき重要な課題である。

 

<参考文献>

山田順「日本の的外れなリベラルアーツ(上)」東洋経済online

山田順「日本の的外れなリベラルアーツ(下)」東洋経済online

安田信「日本を強くするリーダーシップのあり方とは」日経ビジネスonline